夫婦の夏休み

福島潟 №1

福島潟 №1

 

毎年 お盆には お出かけしてました。

今年は、千葉土産の インフルエンザ

 次週はやっちゃんの子の孫ぶるまい、等々で

お出かけなし     それで

福島潟 田んぼアート

福島潟 田んぼアート

30日は ちょと 遠で しました。

福島潟 田んぼアートと

鬼バス  よくわかんないけど、、、

すごい   かな?

 
福島潟  鬼バス

福島潟  鬼バス

 葦がすごい  日本の原風景は葦の原
湿地の 風景
 
 
 
 
 
 
 
 
 
市島邸

市島邸

  鬼バスから 2キロの所に

市島邸  新潟一の豪農(福島潟の開拓)

(北方博物館の伊藤さんよりお金持ち土地持ち)

 

市島邸

市島邸

渡辺邸や笹川邸のように どっしりとした豪農の館

では無く、簡素優美 洗練された感じ

8千坪の屋敷は建物と回遊式の庭園

 落ち着いた世界でした。

 

市島邸

市島邸

(もっと自慢して 観光名所にならないかなー

酒田の本間邸なんかよりすごいのに)

 見学の人が少なくて さみしい

 

 

行人塚の大欅

行人塚の大欅

最後に巨木

潟東 推定500年の欅

写真に納まらなく大きい 

枝ぶりは 25mはあるかな 大きい

夏も 終わり?

 理系3兄弟、みんなお帰りです。

彼らの夏休みはまだ、一ヶ月残ってます。  それぞれの自分の場所で 何してるかねー

新潟空港

新潟空港

 京都は遠いなー

今回、3男は飛行機で帰りました。

 空港まで1時間 飛行機1時間 京都まで乗り継いで

1時間強 3時間半   新幹線で4時間 北陸線で

    6時間半  位かなー     高速バスで7時間半 

 

燕三条駅

燕三条駅

今回4男君は、
新幹線で新潟 新潟から高速バスで仙台4時間半  

バスセンターまで送ると5時間

(越後線で帰ってくると5時間半)

新幹線だけだと 3時間半

 

 2男君は、旦那のお古の車乗ってます。 千葉まで4時間から 4時間半

    何でみんな遠くに 行ってしまったんだ。。。。。。

    ちょっと寂しい   母です。

散々な盆休み

タミフル
タミフル

いつもはお墓参りのこの時、サークルの合宿で帰ってこなかった次男君が5年ぶりに13日に帰ってきました。  サー墓参りだ   その時  あれ  熱

   えー  熱? 
   結果 インフルエンザ    
      千葉からのお土産
次の日には母まで感染  
    タミフル タミフル 
(休日で三条の済生会まで 熱あるのに大変でした) 
 えーとタミフルは予防薬にもなるそうです。病気の人は朝晩1錠づつ 濃厚接触者で感染の恐れのある人は1日1錠 5日間   それで 旦那と長男も 今タミフルです 
   
   明日には次男君も千葉に帰ります。
          まったく。   母は10年振りの発熱であっちこっち痛いです。 
 

懐かし  オグリキャップ様

おー オグリキャップ饅頭

おー オグリキャップ饅頭

岐阜のお土産 オグリキャップ饅頭 いただきました。(20年前 伝説の超アイドルホース)

  あるんだーあるんだー    すごい

笠松競馬場から(地方)~中央競馬

       庶民の希望の星 

  武豊とのゴールデンコンビ(後半)

 当時 ゲームのダビスタから  我が家では競馬大ブーム  サラブレット大ブーム

それで  97年99年 オグリキャップに会いに馬旅 北海道 (ナリタブライアン、ラムタラ、ミスターシービ、トウカイテイオー、メジロマックウィーン、ラムタラ、他いっぱい  馬牧場巡り)

   思い切って、ほんとに、思い切って出かけた、北海道 

    でも 子育ては、思い出作り  子育ては、思い出作り   思い出はプライスレス 

    懐かしい  大切な 宝物です。 (饅頭を見て 感傷に ひたひた)

感謝 祈りの長岡花火

有料観覧席 西土手

有料観覧席 西土手

 

願い事は、声に出していると叶う?

 たまたま、長岡の方に 「花火行きたいナー」と
話のついでの 軽いのりで話したら、いつの間にか 具体的 
駐車場とか有料席の世話までしていただいて、いつもは 腰の重い旦那も(人ごみ、嫌い人なので)先様の厚意に感謝して 出かけてきました。
 
写真は見事、、、、失敗(美しく撮れない)
 始まる前の 周りの様子だけ 撮れました
 
 感動は、、、私の文章力では とても、とても、 書き切れません
  (すご~い すご~い 拍手 拍手 手を合わせて 今日のこの日に 感謝感謝)
 私達は、打ち上げ場所に一番近いところで、花火を見上げてました。 (花火を見上げるって 初めて)
花火の残骸が降り注ぐほど近く、  フェニックスの時はまるで 廻りすべてが 光、ひかり、  花火の中に居るようでした。 
 
 
 
昭和20年8月1日 B29大型爆撃機 来襲。 旧市街地の8割が焼け野原 
失われた1,470余名の命  華やかな長岡の花火には 空襲で亡くなられた方々への 
慰霊の念や、長岡再興に尽力した先人への感謝 また恒久平和への願が、込められている。